2024年7月24日、日本3大祭りの一つに数えられる大阪「天神祭」の宵宮。大川に浮かぶ船渡御列の中、水上薪能を上演する能船の舞台に田中誠士さんの姿があった。神戸大学観世流能楽部に所属する田中さん。3歳から能を習い始め、21歳の今、プロの能楽師を目指して稽古に励む。
「母に連れられた公演がきっかけでした。『土蜘蛛』という曲を観たあとで急に『自分もやりたい』と言いだしたそうです」、少しはにかみながら屈託なく話す様子はどこにでもいる大学生。ただ、時折見せる真剣なまなざしに、厳しい伝統芸能の世界に身を置く芯の強さが垣間見える。
神戸市内のカルチャーセンターで開かれる能楽教室から田中さんの世界は広がった。未就学児を受け入れてくれるところが見つからない中、「これで最後」と母親が電話をかけた先が今も師事する能楽師、大西礼久先生の教室だった。
小学生になると神戸から梅田まで一人で電車に乗り、大西先生の持つ舞台に通った。「褒めて伸ばす、というのが世阿弥の教えです。先生の温かいご指導のおかげで、ここまで続けてこられました」と田中さん。高校に入るタイミングで“習い事”は“修行”に変わった。プロ能楽師になるための「養成会」にも入った。「入会の際、『職業として能をやる』という一筆を書かなければなりません。このとき覚悟を決めました」と口元を引き締める。
自らの夢にまっすぐな田中さんだが、悩みもある。創部92年の歴史を持つ観世流能楽部の部員集めだ。大西先生ともつながりのあるOBに請われて入部したものの、部員は今や田中さん一人。部活の“伝統”が重くのしかかる。ただ能楽本来の厳しさを知る田中さんだからこそ、楽しみ方もわかる。そこにいるのは仲間を求める普通の大学生だ。
「“謡い(うたい)”には大きな声を出す心地よさがありますし、“謡”は古典文学としても楽しめます。その舞台を訪れる『謡跡めぐり』は今で言う『聖地巡礼』。みんなで盛り上がれます」。部室で稽古をしながら、田中さんは外から扉が開かれるのを待っている。
能楽部OBより
能楽部OB 伏見 和政さん(1979年 経済学部卒):
コロナ禍で部員が獲得できず、活動休止に陥っていましたので、田中くんに無理を言って入部してもらいました。OB会も田中くんの卒業までになんとか部員を増やそうと支援しています。今年は新入部員を勧誘するイベント「春の新歓」に合わせ、大学近くでライブ風のミニ公演を開きました。新たな部員が加わり、田中くん達が部活動を通じて、より充実した学生生活を過ごされる事を切に願っています。世代を超えて共演できるのが能楽の良さ。能楽部のOB会には幅広い年代の交流があります。私もOBの一員として、将来の仲間を増やすべく、部の存続に協力していきます。
関連リンク
広報誌「風」
- 本記事が掲載された広報誌「風」Vol.22はこちら
- 神戸大学広報誌『風』