神戸大学大学院理学研究科の末次健司教授(兼?神戸大学高等学術研究院卓越教授)らの研究グループは、咲かない花だけをつけることから、自家受粉(自殖)のみで繁殖していると考えられてきた植物が、どのような条件下で誕生し、どのように存続してきたのかを遺伝解析によって明らかにしました。
自殖のみで繁殖する戦略には、有害遺伝子の蓄積といったデメリットがあるため、こうした植物の存在に対して進化論を提唱したダーウィンも強い疑念を抱いていました。こうした中、末次教授はこれまでに、蕾のまま開花しない花のみをつけるラン科植物の新種を複数発見しています。そこで本研究では、これらの植物に注目し、遺伝解析を行うことで、「本当に自殖しか行っていないのか」「自殖に頼った生活様式はどのような条件下で進化したのか」といった問いを検討しました。
その結果、予想通り、咲かない花のみをつける植物は、完全に自殖のみで繁殖していることが確認されました。さらに、花を咲かせる近縁種においても遺伝的多様性が極めて低く、自殖中心の植物に特有の遺伝的特徴が見られることが明らかになりました。これらの結果は、花を咲かせても他殖の効果がほとんど期待できない条件下で、自殖によって確実に種子を残す戦略が有利に働き、結果として「咲かない花」への進化が促されたことを示唆しています。一方で、これらの種が花を咲かせなくなってからは、最長でも2000年程度しか経過しておらず、進化的にはごく若い分類群であることも明らかになりました。したがって、こうした植物が長期的に存続できるかどうかは不透明であり、ダーウィンの抱いた疑念が必ずしも的外れではなかった可能性もあります。本研究は、「花を咲かせない」という極端な繁殖様式が、どのような生態的?遺伝的条件のもとで成立しうるのかを明らかにしたものであり、植物の繁殖戦略に関する常識を問い直す重要な成果といえます。
本研究成果は、5月21日に、国際誌「Proceedings of the Royal Society B」に掲載されました。

ポイント
- 自殖のみで繁殖する植物の存在は長らく疑問視されてきたが、咲かない花のみをつけるヤツシロランに注目し、花を咲かせる近縁種との遺伝的比較を行った結果、自殖のみで繁殖していることが確認された。
- 花を咲かせる近縁種でも遺伝的多様性が低く、昆虫による花粉媒介の効果が十分に発揮されていないことが判明し、こうした状況が咲かない花の進化を後押しした可能性が示された。
- 咲かない花のみをつけるヤツシロラン2種は、花を咲かせなくなってから最長でも2000年程度しか経過しておらず、これらの種が進化的に短命である可能性が残されており、ダーウィンの抱いた疑念が必ずしも的外れではなかった可能性がある。
研究の背景
多くの陸上植物は、動物や風、水などの力を借りて花粉を運んでもらっていますが、自らの花粉を柱頭に付着させて自殖を行う植物も数多く存在します。このような植物の多くは、他殖の機会を持ちながらも、他殖がうまくいかなかった場合の「保険」として自殖を行う能力を備えています。
たとえば、ツユクサは美しい花を咲かせますが、昆虫が訪れなかった場合には、花が閉じる際に雌しべが巻き縮んで雄しべの葯に触れ、自殖を行います。また、スミレのように、自殖用の咲かない花と咲く花の両方をつけ、自殖と他殖を使い分ける植物も知られています。
自殖は確実に子孫を残す手段となる一方で、遺伝的交流が行われないため、突然変異によって生じる有害遺伝子の蓄積といったデメリットも大きいことが知られています。ダーウィンもこうした問題点を指摘し、「自殖のみで繁殖する植物は存在しないのではないか」と述べていました。そのため、自殖のみに依存して繁殖する植物が実際に存在するのかどうかは、長年にわたって謎とされてきました。
こうした中、末次教授は近年、竹島?黒島?屋久島において、タケシマヤツシロランやクロシマヤツシロランといった咲かない花のみをつける植物を相次いで発見し、新種として報告しています※1。さらに、これらの新種を発見した後、地元の植物愛好家と協力しながら10年以上にわたり100個体以上のモニタリングを継続していますが、これまでに花を咲かせた個体は一度も確認されていません。
その他の咲かない花のみをつける植物の報告例の多くは、人工的に栽培された少数個体の観察に基づくものです。つまり、ヤツシロランの仲間(オニノヤガラ属)は、咲かない花のみをつけることが自然環境下で確実に確認された種が複数存在する、現時点で唯一の分類群として認識されています。
研究の詳しい内容
このような背景を踏まえ、末次健司教授、福島大学共生システム理工学類の廣田峻准教授、兼子伸吾教授、国立遺伝学研究所新分野創造センターの福島健児准教授らの研究グループは、「咲かない花をつけるヤツシロランが本当に自殖しか行っていないのか」、また「仮に自殖しか行っていないとすれば、こうした特殊な植物はどのような条件下で誕生し、どのような運命をたどるのか」を明らかにするため、ヤツシロランをモデルとして研究を進めました。
対象としたのは、咲かない花のみをつけて北琉球※2に分布するタケシマヤツシロランとクロシマヤツシロラン、そして近縁で花を咲かせて他殖を行うフユザキヤツシロランおよびトカラヤツシロランの計4種です(図1)。20か所以上の自生地から300個体以上をサンプリングし、マイクロサテライトマーカーを用いた解析を行った結果、タケシマヤツシロランとクロシマヤツシロランでは、18の遺伝子座すべてがホモ接合型に固定されており、完全に自殖のみで繁殖していることが示されました。
一方で、花を咲かせるフユザキヤツシロランおよびトカラヤツシロランについても、マイクロサテライトマーカーおよびゲノムワイドな解析※3の結果、他殖が行われているとされるにもかかわらず、遺伝的多様性が極めて低いことが明らかとなり、主に自家受粉が行われている可能性が示唆されました。
これらの一見矛盾する結果は、ヤツシロランの仲間の生態を踏まえることで理解が可能です。ヤツシロランの仲間は光合成を行わず、菌類から栄養を得ながら暗い林床で生育しています。このような環境では、通常の花粉媒介者であるハナバチはほとんど存在せず、代わりに暗所に多いショウジョウバエが花粉の運搬を担っています※4(図1)。しかし、ショウジョウバエは移動距離が短く、同一個体内での送粉が頻繁に起こるため、たとえ別の花への送粉が行われたとしても、実質的には自家受粉という状況が生じやすくなります。
さらに、タケシマヤツシロランおよびクロシマヤツシロランは、祖先種と考えられるフユザキヤツシロランおよびトカラヤツシロランの分布域の北限付近に分布しており(図2)、これらの地域では祖先種の遺伝的多様性も著しく低いことが分かりました。これは、分布の先端では新たな個体の定着の機会が限られており、多くの個体が少数の祖先個体の子孫である(創始者効果)ことによると考えられます。このような状況下では、たとえ他個体との交配が行われたとしても、結果的には自殖に近い状態となってしまいます。
加えて、タケシマヤツシロランやクロシマヤツシロランは、自殖によりほぼ確実に果実をつけることができる一方で、花を咲かせるヤツシロランではショウジョウバエが訪花しない場合も多く、果実ができないケースも少なくありません。これらの点を総合すると、咲かない花のみをつけるヤツシロランは、他殖の恩恵をほとんど受けられない環境において、結実率の高さというメリットを得ることで、進化した可能性が高いと考えられます(図3)。実際、タケシマヤツシロランは、祖先種と考えられるフユザキヤツシロランよりも個体数が多く確認されており、咲かない花という戦略が少なくとも短期的には成功していることを示唆しています。
その一方で、タケシマヤツシロランやクロシマヤツシロランが自殖を繰り返すようになってから、それほど長い時間が経過していないことも明らかとなりました。マイクロサテライトマーカーによる解析では、これらの種において、すべての個体が同一の遺伝子型を持つことが示され、花を咲かせなくなってから長く見積もっても200世代しか経ていないことが強く示唆されました。同様にゲノムワイドな一塩基多型解析でも、タケシマヤツシロランとフユザキヤツシロランは、15~100世代前に分岐したと推定されました。ヤツシロランの仲間の世代期間は長くても10年程度とされることから、タケシマヤツシロランの誕生は最長でも約2000年前にすぎず、ごく最近成立した分類群であることが示されました※5。ヤツシロランの仲間以外では、咲かない花のみをつける植物種はほとんど知られていないことも併せて考えると、花を咲かせないヤツシロランの仲間は、進化の袋小路に入り込み、長期的には消滅してしまう可能性も否定できません。このように考えると、ダーウィンが自殖植物の存続に対して懐疑的であったのは、必ずしも的外れではなかったとも言えるでしょう。今後は、より古い起源を持ち、自殖のみに依存して繁殖している植物が存在するかどうかについて、さらに調査を進めていく予定です。



注釈
※1 詳細は、2013年11月7日付の京都大学プレスリリース「鹿児島県三島村で発見されたタケシマヤツシロラン -光合成も咲くこともやめた新種の植物-」および2016年10月13日付の神戸大学プレスリリース「咲かない花をつける新種のラン科植物 「クロシマヤツシロラン」を発見」で確認できる。
※2 大隅諸島とトカラ海峡以北のトカラ列島の島々から成る区域。日本列島の温帯性植生の分布の端となる。
※3 マイクロサテライトマーカーを用いた解析は、近年の突然変異の蓄積を評価するのに適している。一方で、ゲノムワイドな解析は、より古い時代に起こった変異について、より信頼性の高い推定が可能となる。
※4 詳細は、2018年3月23日付の神戸大学プレスリリース「地下でも地上でもキノコに依存!? ラン科植物「クロヤツシロラン」のしたたかな戦略」、および2023年8月24日付の神戸大学のプレスリリース「腐った花が紡ぐ新たな命: キノコを食べる蘭は、キノコを食べるハエに受粉の見返りとして繁殖場所を提供していた!?」で確認できる。
※5 クロシマヤツシロランについても、タケシマヤツシロランと同様に花を咲かせなくなってから最長でも約200世代しか経過していないと推定された。一方で、最も近縁とされるトカラヤツシロランとの分岐は、それよりも古い時期に起こったことが示唆されており、クロシマヤツシロランの直接の祖先はすでに絶滅した種、あるいは未発見の種である可能性がある。
論文情報
タイトル
DOI
10.1098/rspb.2025.0574
著者
Kenji Suetsugu(末次 健司?神戸大学大学院理学研究科)?Shun K. Hirota(廣田 峻?福島大学共生システム理工学類)?Takashi Makino(牧野 能士?東北大学大学院生命科学研究科)?Yoshihisa Suyama(陶山 佳久?東北大学大学院農学研究科)?Shingo Kaneko(兼子 伸吾?福島大学共生システム理工学類)?Kenji Fukushima(福島 健児?国立遺伝学研究所新分野創造センター)
掲載誌
Proceedings of the Royal Society B