
農業廃棄物から燃料や化学品を生み出し、産業構造の変革を目指す。そんな「バイオものづくり」の先進的研究が、神戸大学を拠点に進んでいる。中心となっている研究者の一人が、工学研究科の荻野千秋教授(バイオ生産工学)。農業大国?インドネシアとの共同研究プロジェクトは、地球温暖化という世界的課題に挑戦し、グリーントランスフォーメーション(GX)の実現を目指す取り組みとして注目されている。研究にかける思い、社会実装の見通しなどを聞いた。
パーム油製造の廃水を活用し、バイオ循環経済の確立へ
現在取り組んでいる研究について教えてください。
荻野教授:
バイオマス(生物由来で再生可能な有機性資源)を微生物の力で燃料や化学品に変換し、バイオ循環経済の確立を目指そうという研究です。原料としてさまざまな農業廃棄物を検討していますが、特に、パーム油の搾油過程で出る廃水を使った研究、事業化に取り組んでいます。微生物の力を借りると、バイオ由来の燃料や化学品、プラスチック原料などを生み出すことができます。
石油資源はいずれ枯渇しますし、化学品の製造過程で地球温暖化の要因となる温室効果ガスを排出します。持続可能な社会の構築に向け、石油資源に依存している現状から脱却するターニングポイントは必ず来ると思います。ですから、バイオマスを使った研究は大変重要だという信念を持っています。
バイオマスを原料として多様な製品を生産する技術や産業を「バイオリファイナリー」と呼びます。私たちが目指しているのは、石油を原料とする「オイルリファイナリー」から「バイオリファイナリー」への大転換であり、新たな化学産業の創出、バイオ循環経済の確立まで視野に入れています。
パーム油に注目したのはなぜですか。また、インドネシアと連携する理由は?
荻野教授:
バイオ燃料や化学品を生産するとき、まず課題となるのは「原料をどう確保するか」ということです。農業が盛んなインドネシアは、バイオマスが豊富な国の一つです。パームのプランテーション(大規模農園)が多いインドネシアでは、搾油の過程で油脂成分などを含む廃水が大量に出ていますが、再利用が進んでおらず、水質汚染の問題もあることから、原料として着目しました。
パーム油の廃水を利用するメリットは、コストの面で優れていることです。農業廃棄物の活用では、パームの殻(ヤシ空果房=くうかぼう=)を使う研究が以前から行われていますが、製造コストが高く、実用化は難しいのが現状です。ヤシ空果房やサトウキビの搾りかす、草や木といった原料はセルロースなので、化学品に変換する際、まずはグルコース(糖)に変える「糖化」のプロセスが必要になり、そのコストが大きいのです。一方で、パーム油の廃水は糖化のプロセスが不要で、コストが低く抑えられます。
私は、研究での取り組みと事業化する部分は分けて考えたほうがいいと思っています。ヤシ空果房などの利用は、将来の事業化に向けた技術のインキュベーションのために研究としては行いますが、現時点での事業化の観点からはパーム油廃水の活用がふさわしいと考えています。また、インドネシアでは、パイナップルの缶詰製造過程で出る果汁も大量に廃棄されており、こちらもパーム油廃水と同様に活用を目指しています。
「バイオものづくり」の拠点として国内外から注目
インドネシアとの共同研究は2023年度、地球規模の課題解決に向けて途上国と共同で研究を進める「地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)」(国立研究開発法人科学技術振興機構=JST=などが実施)に採択されました。
荻野教授:
時代をさかのぼると、神戸大学は2008年、文部科学省の事業で「バイオプロダクション次世代農工連携」の拠点に選ばれました。10年間のプロジェクトで、農学と工学の融合、産学連携によってバイオ燃料や化学品の生産を実現することを目指して始動しました。この取り組みによって、神戸大学は「バイオものづくり」の拠点として国内外で認知されるようになり、研究が発展してきました。

SATREPSのプログラムでも2013年から5年間、インドネシアとの共同研究が採択されており、今回は、その取り組みをベースにした2回目の採択となります。そのほかにも、さまざまなプログラムで研究費助成を受けてきました。
インドネシアとの共同研究は15年以上継続しており、私たちの研究室では、インドネシアからの留学生を毎年のように受け入れてきました。現在、現地の大学、政府機関などで要職に就いている元留学生もいます。長年の連携のおかげで、現地に信頼できる人材が数多くおり、あうんの呼吸で共同研究を進められるのは大きなメリットです。
今回、SATREPSで採択された研究では、インドネシアが農業政策として国内各地で広めている大規模農園「フードエステート」から排出されるパーム油廃水などを原料に、バイオ燃料や化学品を生産する計画です。その燃料は、農園で使うトラックやトラクターに使用し、バイオ循環経済のモデルを作ることを目指しています。生産した燃料が余れば、近隣住民に使ってもらうことも考えています。
社会実装のカギ コストの課題解決に向けて
社会実装に向けた課題は?
荻野教授:
実は、バイオマスによるものづくりが進むかどうかは、原油価格が大きくかかわります。リーマンショックが起きた2008年、原油価格は1バレル150ドル近くまで高騰しました。当時、1バレル150ドルを超えると、石油資源を使う化学産業は成立しないといわれ、バイオマスを利用する化学産業への関心が高まりました。しかし、その後、原油価格の暴落で関心は一時下火になりました。このような外的要因に左右される部分はありますが、もうそろそろ、バイオリファイナリーへの大きな転換期が到来してもいいのではないか、と思っています。
インドネシアでは、車などに使う燃料について、パーム油由来のバイオ燃料を一定割合含まなければならないというルールがあります。しかし、現状では、そのバイオ燃料を化学的な方法で製造していることが課題で、私たちが研究している微生物を使った方法を実用化したいと考えています。技術的にはほぼ確立できており、我々のパートナー企業が特許も取得しています。課題はやはりコストで、現在、実用化に向けた試算をしているところです。
パーム農園に関しては、農園の存在自体が環境破壊につながるという指摘もあります。
荻野教授:
そういう問題が指摘されていることはもちろん、理解しています。ただ、現実問題として、インドネシアではパーム農園が今なお拡大しています。パームの栽培は手間がかからず、パーム油は世界で最も安価、かつ大量に使われている植物油なのです。
日本のスーパーに行けば、並んでいる商品の半分は何らかの形でパーム油を使用しています。食品、洗剤、化粧品、紙のコーティング???。パーム油を使えなくなれば、日本の今の生活は成り立たないともいえます。
それならば、まずは私たちが開発した技術を使い、環境への負荷を少しでも減らす努力をしていきたい、と考えています。現場を長年見てきた立場から、インドネシアはバイオものづくりを実現できる高い可能性を秘めており、その可能性を広げる技術を開発していきたいと思っています。
日本国内で原料確保からバイオ燃料?化学品の製造までできる可能性はありますか。
荻野教授:
日本での原料調達についても考えています。名古屋大学生物機能開発利用研究センターの佐塚隆志教授と共同で研究しているエネルギー作物は、ソルガム(たかきびの一種)です。生育が早く、食料としての利用と競合しないエネルギー作物として、栽培が可能です。現在、名古屋大学で品種改良の研究が進んでおり、将来的に、SAF(持続可能な航空機燃料)への活用を目指しています。
砂糖の原料であるテンサイも、活用の可能性があります。日本では健康志向で砂糖の需要が減っているのが現状です。こうした植物を、燃料用としての生産に切り替えていく動きを生み出していきたい、と考えています。すでに製糖メーカーなどと連携した研究も始めています。
最近、SAFへの注目度が上がっていますよね。それは、今年から欧州連合(EU)が航空業界にSAFを一定割合使用するように義務付け、世界各国の航空会社がSAFの導入を進める動きがあるためです。今後、世界中で原料の奪い合いが起こる可能性もあり、国内での原料確保や技術開発は非常に重要になります。
バイオものづくりを進めるとき、技術は同じでも、その国や土地に合った原料、文化を重視する必要があります。バイオ循環経済の確立を目指すにあたっては、その視点がとても重要です。ですから、私たちの研究では社会科学の研究者とも連携し、人々の行動変容、つまり「やる気スイッチ」をどう押すか、といった点についても考えています。
世界各国から留学生 人材育成にも注力
今後の目標は?
荻野教授:
神戸大学は、日本におけるバイオマス研究の拠点となっており、海外から多くの留学生が集まってきています。インドネシアだけでなく、タイ、マレーシア、ベトナム、ブラジルなど、国は多様です。インドネシア以外にもタイやマレーシアとはすでに共同研究を行っており、こうしたバイオマスが豊富な国々との連携をさらに強固にしていきたいと考えています。そして、もちろん日本の学生も育てていきたいと思います。将来を担う人材育成は大変重要です。

また、2025年4月からは、産官学の連携で先端バイオ工学の基盤開発を推進する一般社団法人?先端バイオ工学推進機構(OEB)の代表理事も務めています。この機構には、バイオものづくりに関わる30社以上の企業が参画してくださっており、これらの企業とバイオマスからのものづくりについて、より現実的な議論を深めていきたいと思っています。
短期的な目標としては、できれば今年中に会社を興したいと思っています。まずは、日本でベンチャー企業を設立し、その支社をインドネシアに置くのが現実的かもしれません。現地のパートナー企業と日本の企業を結び付けることも、長年両国のネットワークづくりを進めてきた自分の役割だと考えています。今年以降、実用化に向けた動きを加速していきたいと思います。
荻野千秋教授 略歴
1995年、神戸大学工学部化学工学科卒業。97年、神戸大学大学院自然科学研究科応用化学専攻博士前期課程修了。99年、金沢大学工学部物質化学工学科助手。2002年、金沢大学大学院自然科学研究科地球環境科学専攻助手。同年、博士(工学、神戸大学)。07年、神戸大学大学院工学研究科准教授。16年、同研究科教授。18年から、神戸大学先端バイオ工学研究センター部門長(化学?プロセス研究部門)兼任。2025年4月から一般社団法人?先端バイオ工学推進機構(OEB)代表理事。