神戸大学大学院医学研究科内科系講座小児先端医療学分野(連携大学院)の飯島一誠客員教授(兵庫県立こども病院長)、国立成育医療研究センター臨床研究センターの佐古まゆみ研究推進部門長、神戸大学大学院医学研究科内科系講座小児科学分野の野津寛大教授、堀之内智子講師を中心とする小児腎臓病研究グループは、難治性に至っていない(=免疫抑制薬未使用の)小児頻回再発型/ステロイド依存性ネフローゼ症候群(FRNS/SDNS)注1,注2を対象として、Bリンパ球表面抗原CD20に対するモノクローナル抗体であるリツキシマブの有効性?安全性を検証する「多施設共同二重盲検プラセボ対照ランダム化比較試験注3」の被験者の長期追跡調査を行ったところ、リツキシマブ群の累積無再発生存率は、プラセボ群に比して明らかに高いことを見出しました(図1)。また、同様のランダム化比較試験のシステマテイックレビュー注4及びメタ解析注5を行ったところ、リツキシマブ投与36ヵ月後までは、リツキシマブ群はコントロール群に比して統計学的有意に無再発生存率が高いことを明らかにしました。以上より、難治性に至っていない小児FRNS/SDNS患者に対するリツキシマブは、比較的高い頻度で長期寛解を誘導する可能性があり、今後、リツキシマブの積極的な使用により小児FRNS/SDNS患者の長期予後の改善が期待されます。

この研究成果は、2025年10月10日に、「Scientific Reports」誌にオンライン掲載されました。

図1:追跡期間も含めた無再発期間 リツキシマブ群の累積無再発生存率は、投与2年後で44.4%、3年後で38.1%であり、プラセボ群(投与2年後、3年後いずれも9.1%)に比して明らかに高い。

ポイント

  • 小児期に発症するネフローゼ症候群の患者の大半はステロイド療法によって尿タンパクが消失するが、その半数はステロイドの減量?中止後は頻回に再発し、さらに再発抑制のために免疫抑制薬を用いても、投与中止後は大半の患者が再発することが問題となっていた。
  • 研究グループは先行研究において、難治性に至っていない頻回再発型/ステロイド依存性ネフローゼ症候群に対し、リツキシマブが投与後1年間は有効かつ安全であることを明らかにしていたが、長期的な有効性は未確認であった。
  • 今回、リツキシマブの有効性?安全性を検証する比較試験の被験者の長期追跡調査を行った結果、リツキシマブ群の累積無再発生存率はプラセボ群を大きく上回り、リツキシマブの長期的有効性が証明された。また、早期に投与することで、より高率にその後の再発を抑制し長期寛解へと導く可能性があることが分かった。
  • 今回の研究結果によって、今後、難治性に至っていない小児FRNS/SDNS患者に対して、リツキシマブがこれまで以上に積極的に使用され、長期予後が改善することが期待される。

研究の背景

小児ネフローゼ症候群は小児の慢性腎疾患で最も頻度が高く、日本では、小児人口10万人あたり年間6.49人(全国で約1,000人)の小児が、この病気を発症します。尿中に大量のタンパク質が漏れ出て血液中のタンパク質が極端に少なくなる原因不明の難病で、小児慢性特定疾病及び指定難病に指定されています。小児ネフローゼ症候群の80-90%はステロイドに反応し寛解となるステロイド感受性ネフローゼ症候群注6ですが、その半数はステロイドの減量?中止により頻回に再発する頻回再発型?ステロイド依存性ネフローゼ症候群となり、ステロイドを長期継続投与せざるを得ず、再発を抑制し、ステロイドの副作用を軽減するために、様々な免疫抑制薬が用いられステロイドの減量?中止が試みられます。しかし、これらの薬剤は、投与を中止すると大半の患者が比較的速やかに再発することが問題でした。

さらに、全体の約20%の患者は、免疫抑制薬を用いてもステロイドを中止できない“難治性頻回再発型/ステロイド依存性ネフローゼ症候群”となるために、新たな治療法の開発が望まれていました。

日本では、2003年に小児腎臓病研究グループ(Japanese Study Group of Kidney Disease in Children:JSKDC)が設立され、これまで小児ネフローゼ症候群を中心として多くの臨床試験を実施してきました。臨床試験に参加する9施設において、2008年より医師主導治験として実施された「難治性頻回再発型/ステロイド依存性ネフローゼ症候群に対するリツキシマブの多施設共同二重盲検プラセボ対照ランダム化比較試験(RCRNS-01試験)」により、リツキシマブ(Bリンパ球表面抗原CD20に対するモノクローナル抗体)の有効性?安全性が示され(Iijima K et al. Lancet 2014)、その結果をもとに2014年8月29日付で適応拡大が承認され保険診療が可能となりました。現時点で、日本以外に薬事承認を得ている国はありませんが、リツキシマブは、国際的にも難治性頻回再発型/ステロイド依存性ネフローゼ症候群に対する標準治療として認識されています。しかし、大半の症例でリツキシマブによって枯渇した末梢血Bリンパ球の回復に伴って、再び、頻回再発/ステロイド依存性再発をきたすことも明らかになりました。

一方で、2016年の欧州小児腎臓学会の特発性ネフローゼ症候群ワーキンググループの報告で、欧州では、その有効性?安全性を検証した質の高い臨床試験がほとんどないにも関わらず、多くの施設で、難治性に至っていない(=免疫抑制薬未使用の)小児FRNS/SDNS患者の第一選択薬としてリツキシマブが用いられているという事実が判明しました。

研究の内容

上記のような欧州小児腎臓学会の実態も考慮し、JSKDCは、2018年11月から、難治性に至っていない小児FRNS/SDNSに対するリツキシマブの有効性?安全性を検証する目的で、全国多施設二重盲検プラセボ対照ランダム化比較試験(JSKDC10試験)を医師主導治験として実施しました。JSKDC10試験では、難治性に至っていない小児FRNS/SDNS患者を対象として、再発時に登録し、標準的なプレドニゾロン治療で完全寛解に導入した後に、リツキシマブ 375 mg/m2(最大500 mg)あるいはプラセボを1週間間隔で2回投与し、その後、プレドニゾロンを減量中止し、1年間経過観察し、主要評価項目は、再発までの時間(無再発期間)としました。なお、本試験は、早期再発を呈したプラセボ群の患者には、リツキシマブあるいは既存の免疫抑制薬を投与するというレスキュープログラムを設け、プラセボ群に振り分けられた患者にも十分な配慮して実施しました。

JSKDC10試験には43名が登録され、40名(18名がリツキシマブ、22名がプラセボ)が試験治療を受けました。1年間の治験期間終了時に寛解を維持していたのは、リツキシマブ群では8名、プラセボ群では2名であり、リツキシマブ群はプラセボ群に比して、統計学的に有意に、無再発期間を延長させました(中央値(95%信頼区間(CI)):285日(173日-未到達)vs. 81日(66-100日)、ハザード比(HR)(95%CI):0.27 (0.12-0.59), stratified log-rank test, p<0.001)。また、安全性についても許容範囲であり、末梢血B細胞数はリツキシマブ投与後1年以内に投与前のレベルに回復していました。なお、これらの結果を基に、2025年3月27日付で、難治性に至っていない頻回再発型/ステロイド依存性ネフローゼ症候群に対するリツキシマブの適応拡大の薬事承認を得ています(2025年4月1日付けプレスリリースはこちら)。

さらに研究グループは、JSKDC10試験の被験者の長期予後を調べる目的で、1年間の治験期間終了後の長期追跡調査を行ったところ、リツキシマブ群の累積無再発生存率は、投与2年後で44.4%、投与3年後で38.1%であり、プラセボ群(いずれも9.1%)に比して明らかに高いこと見出しました。(HR (95%CI): 0.280 (0.129-0.611))(図1)。

また、JSKDC10試験と同様のランダム化比較試験のシステマテイックレビューも実施したところ、1,202編の参考文献から、イタリアの研究グループによる二つのランダム化比較試験が抽出されました。JSKDCは、その研究グループの代表者であるIRCCS Istituto Giannina GasliniのGian Marco Ghiggeri教授の協力を得て、その二つのランダム化比較試験に参加した患者の長期予後データを提供いただき、JSKDCのデータと合わせたメタ解析を行ったところ、リツキシマブ群の無再発生存率は、コントロール群に比して、投与36ヵ月後までは、有意に高いことが明らかになりました(図2)。

図2 システマテイックレビューにより抽出された2つのランダム化比較試験を加えたメタ解析 

 

これまで、小児の難治性FRNS/SDNS患者では、リツキシマブは寛解維持期間を延ばすことができるが、大半の患者が末梢血B細胞数の回復に伴って再発し、再び、頻回再発やステロイド依存性再発を呈することが知られていました。実際、研究グループが、前述の難治性FRNS/SDNS患者を対象とした医師主導治験(RCRNS-01試験)とそれに付随する薬物動態試験で、リツキシマブを投与された計51例の長期予後を調査したところ、リツキシマブ投与後に3年以上長期寛解を維持していたのは、わずか3例(5.9%)でした(Kmei K, et al. Pediatr Nephrol 2017)。しかし、今回の研究によって、より早期の難治性に至っていない小児FRNS/SDNS患者では、リツキシマブ投与後、いかなる再発予防治療を行っていないにもかかわらず、末梢血B細胞数の回復後も、比較的高率に長期寛解を呈する可能性が高いことが明らかになりました。

また、現在、小児FRNS/SDNS患者に対する第一選択薬としては、シクロスポリン等の免疫抑制薬が推奨されていますが、前述のごとく、これらの薬剤は、投与を中止すると大半の患者が比較的速やかに再発することが問題でした。今回の研究結果から、リツキシマブはそれらの問題を解決する可能性があり、今後、難治性に至っていない小児FRNS/SDNS患者に対して、リツキシマブがこれまで以上に積極的に使用され、長期予後が改善することが期待されます。

今後の展開

今回の研究結果から、小児のステロイド感受性ネフローゼ症候群では、より早期にリツキシマブを投与することで、より高率にその後の再発を抑制し長期寛解へと導く可能性があるのではないかと考えられます。

そこで、JSKDCは、再々発やFRNS/SDNSへの進行のリスクが非常に高い、初回寛解後から6か月以内に初回再発を認める早期再発例を対象として、リツキシマブの併用が標準治療であるステロイド単独治療より高率に、かつ安全に長期寛解を導入できるかを検証する世界で初めての多施設共同非盲検ランダム化比較試験(JSKDC12試験、研究代表者:神戸大学医学部附属病院小児科、野津寛大教授)を医師主導治験として実施中ですが、この研究は、小児のネフローゼ症候群の治療を根本的に変えうる極めて重要な研究です。

用語解説

注1.ネフローゼ症候群

ネフローゼ症候群とは、尿にタンパク質がたくさん出てしまうために、血液中のタンパク質が減り(低タンパク血症)、その結果、むくみ(浮腫)が起こる疾患である。明らかな原因がわからないものを、一次ネフローゼ症候群と呼ぶ。国の指定難病及び小児慢性特定疾病の一つ。

注2.難治性に至っていない小児頻回再発型/ステロイド依存性ネフローゼ症候群(FRNS/SDNS)

小児ネフローゼ症候群のうち、免疫抑制薬等の治療によっても頻回再発やステロイド依存性再発を生じ、ステロイドの長期投与をせざるを得ない病態を“小児難治性頻回再発型/ステロイド依存性ネフローゼ症候群”と呼ぶが、免疫抑制薬未使用の比較的早期の段階の頻回再発型/ステロイド依存性ネフローゼ症候群を“難治性に至っていない小児頻回再発型/ステロイド依存性ネフローゼ症候群”と呼んでいる。

注3.多施設共同二重盲検プラセボ対照ランダム化比較試験(JSKDC10試験)

二重盲検比較試験とは、実施する側(医療従事者)と患者が、投与される薬がプラセボか実薬かを判別できない形で実施される比較試験のことで、プラセボ対照ランダム化比較試験は、被験者を無作為に、実薬を投与するグループとプラセボを投与するグループに分け、同じ投与方法とする試験デザインである。両者を組み合わせ、また、必要な患者数を確保するために多施設共同として実施される多施設共同二重盲検プラセボ対照ランダム化比較試験は、評価に主観やプラセボ効果が入ることを防ぎ、被験薬の効果や安全性を相対的に評価することが可能になり、被験薬の有効性?安全性を正確に評価できる最も標準的な手法である。

注4. システマテイックレビュー

特定の疑問(リサーチクエスチョン)に対し、関連する先行研究を網羅的かつ系統的に検索?収集?選択し、バイアスを評価した上で結果を批判的に吟味?統合し、エビデンスを結論付ける手法。

注5. メタ解析

複数の独立した研究結果を統計的に統合?解析する手法。「分析の分析」を意味し、個々の研究では見つけられなかった共通の傾向や、相反する結果の一貫性を明らかにすることができる。

注6. ステロイド感受性ネフローゼ症候群

ステロイドに反応して尿蛋白が消失するタイプのネフローゼ症候群。小児ネフローゼ症候群の80-90%を占める。

謝辞

JSKDC10試験は、全薬工業株式会社の支援のもと実施しました(ただし、試験デザイン、データ解析、データの解釈、総括報告書及び論文の作成等には同社の関与はありません)。

論文情報

タイトル

"Rituximab-induced long-term remission in childhood-onset, uncomplicated, frequently relapsing or steroid-dependent nephrotic syndrome: a randomized, placebo-controlled trial and a follow-up study"

DOI

10.1038/s41598-025-19214-0

著者

Kazumoto Iijima*,#, Mayumi Sako #, Tomoko Horinouchi #, Tomoyuki Sakai, Tomohiko Yamamura, Riku Hamada, Yasufumi Ohtsuka, Seiji Tanaka, Koichi Kamei, Ryojiro Tanaka, Yuji Kano, Takuo Kubota, Yuko Shima, Tamaki Morohashi, Aya Inaba, Shuichiro Fujinaga, Masafumi Oka, Hiroshi Kaito, Akihide Konishi, China Nagano, Koichi Nakanishi, Kenji Ishikura, Shuichi Ito, Hidefumi Nakamura, Gian Marco Ghiggeri, Rintaro Mori, Takashi Omori, Kandai Nozu #, on behalf of Japanese Study Group of Kidney Disease in Children JSKDC10 Study(*責任著者、#共同筆頭著者)

掲載誌

Scientific Reports

研究者

SDGs

  • SDGs3